日本から発信するポーランド愛

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 日本とポーランドを繋ぐ伝道師として活動されている、ポラ子こと畔見薫様にお話を伺いました。
今回のインタビューでは、畔見様のポーランドや着物に関する経歴に加え、
文化面での日本とポーランドの繋がり及びその展望についてもお聞かせいただきました。(インタビュアー:ASAGAO有限会社 冨島)

着物がトレードマークのポラ子さんとは?!

(冨島)
まずは簡単な自己紹介をお願いいたします。

(畔見様)
 着物とポーランド愛伝道師ポラ子と申します。
2007年に落語を聴きに行った際に、着物を着ている人々を見かけました。
着物を着て落語をきいたほうがもっと楽しいのではないかと思い、なんとその1ヵ月後には着物デビューをしていました。
 その後2015年に、イマジンワンワールドKIMONOプロジェクト(註:世界各国の着物を2020年東京五輪に向けて作るプロジェクト)の発足発表会に参加しました。
私が見たインドの着物は小学生によって図案が考えられていたんです。
自分もどこか一つの国の着物を制作したい、と手を挙げました。
そこで自分が指名された担当国が、「ポーランド」だったのです。
これが私とポーランドの出会いです。
 それまでポーランドという国については全く知りませんでした。
着物を制作するにあたって、まずは同国を知ることから始めようと思い、ポーランドに関連する情報を手あたり次第集めました。
そこからポーランドに魅せられていきました。

(冨島)
 ありがとうございます。着物との出会いも、ポーランドとの出会いも、まさに突然やってきたのですね。

落語がきっかけで、着物を着たくなった

(冨島)
 次に、イマジンワンワールドKIMONOプロジェクトと大きく関わる、着物と畔見さんとの関係についてお聞かせください。
畔見さんが着物と関わるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

(畔見様)
 思い起こせば、着物への憧れは幼少期に遡ります。
おばあちゃん子だったので、よく祖母と時代劇を見ていました。
大奥などでもよく見かける、着物の裾を擦って歩くのを真似してみたくて手編みのケープを着物に見立てて着たり、七五三の時もなかなか着物を脱ぎたがらなかったりと、今振り返ればその頃から着物には特別な感情があったのだと思います。
その後は成人式、結婚式、卒業式など大きな行事でしか着物を着る機会がありませんでした。
 ですが、落語を聞きに行った際に、着物をお召しになられた女性を見かけました。
「熊さん八つあんの話」という着物の描写が多く出てくる噺を聞き、着物を着て落語を聴いたらもっと感情移入することができるのではないかとふと思ったのです。
そして幼少期の良い思い出も合わさって着物を着てみようと決めました。2007年の12月のことでした。
その翌月には、DVDを見て着付けをし始めたのです。
 初めのうちは慣れない着付けに時間がかかり、人と待ち合わせが出来きず、
約束の時間の何時間も前から準備して、着終えたら連絡して出発していました。

(冨島)
 たくさんのエピソードがあるのですね。
私もおばあちゃん子だったので時代劇をよく見ていましたが、他のものを着物に見立てて遊んでいたりはしませんでした。
相当着物が好きであったことが伺えますね。着物を着ようと思ってからすぐ実行する畔見さんの行動力には驚きました。

(冨島)
 着物の魅力についてお聞かせいただけますか。

(畔見様)
 着物にはストーリーがあります。
「これはおばあちゃんが普段着として着ていた」「お母さんが入学式に着ていた」といったように、作る側だけでなく着る側にもそれぞれのストーリーがあるんです。このような物語があることが、着物の魅力だと思います。
 そしてもう一つ。着物って、不自由なようでとっても自由なんです。
洋服にはそれぞれのパーツに様々なデザインや形がありますよね。
一方、私たちが目にする一般的な着物は、すべて形が一緒です。
一見自由度がとても低いように感じると思うのですが、着物は着る人が最後に完成させることができます。
言わば、「着る人がデザイナー」なのです。
 例えば、襟を合わせる角度を変えると、帯の位置も変わります。
舞妓さんのように、襟を寝かせたようにしてあわせると、帯の位置も上がり若々しくかわいい印象に。
逆に、襟を縦にすると、帯の位置が下がりお姐さんのような大人っぽい印象になるんです。襟の抜き方一つでも雰囲気が大きく変わります。
また、寒暖差がある際にも着物は便利です。
日中の暑いときは襟をゆるくして、寒いときは詰めることで快適に着ることができます。
だから着物は形が一緒でも、着る人の着方によって変幻自在なのです。

(冨島)
 なるほど…奥が深いですね!
私自身着物は素敵なものだけれど、着ているのが大変というイメージを持っていたので、かえって過ごしやすくなるというお話は意外に感じました。

着物が導いた、ポーランドとの出会い

(冨島)
続いて、ポーランドと畔見さんの関係についてお聞かせください。
自己紹介の際に少しお伺いしたのですが、改めて畔見さんがポーランドに興味を持ったきっかけと、そこからどのようにしてポーランド愛を深めていったのかを教えてください。

(畔見様)
 ポーランドとの出会いは、まさにお見合いでした。
延期になってしまいましたが、2020東京五輪に向けて、世界213の国と地域が大切に思い、誇りとしている文化・自然・歴史を描いたKIMONO(着物・帯)を制作するというプロジェクトがありました。
担当国の大使館にヒアリングをして、デザインを決め、また大使館に下絵を確認してもらうという長い工程を経て、一国の着物が完成します。冒頭でもお話ししましたが、私がプロジェクトの発足発表会で見たインドの着物の図案は小学生によって考えられていました。
ショーの後に、子供たちは自分たちが作った着物をきらきらとした目で見つめていたのです。
この様子を見て、私もどこか一つの国の着物を作り、感動や達成感を味わいたいと思いました。
こうして、任されたのがポーランドでした。
 同国について本当に何も知らない状態だったので、まずはFacebookで
情報を集めました。ポーランドフェスティバルに足を運び、ポーランドと日本の交流ページを教えてもらったり、そのメンバーになって、情報収集もしましたね。
また、職場でポーランドに興味があることを同僚に話すと、自然と情報が集まってきました。

(冨島)
 畔見さんからお話を伺うまではこのイマジンワンワールドKIMONOプロジェクトを存じ上げなかったのですが、着物を通じて世界を繋ぐ、素晴らしい企画ですね。

モチーフ選びの様子
ポーランドをモチーフにして制作された帯

(冨島)
 ポーランドを徐々に知っていく中で感じた、畔見さんにとってのポーランドの魅力はなんですか?

(畔見様)
 芸術です。映画や音楽、文学が素晴らしいですね。
さらに、デザインにも興味があったのでポーランドのポスター展などに行ったことがあるのですが、グラフィックデザインにも感銘を受けました。
芸術には、突き動かされるような深い思索と強いメッセージが必要だと思います。このような強いメッセージは言語化して伝えることが難しいからこそ、芸術の表現として複雑になったり深まったり、広がったのかなと感じています。

(冨島)
 芸術は心を映し出すものだともいいますよね。
おそらくこれらの芸術から感じられるポーランド人の感性は、これまでに畔見さんが出会われてきたポーランドの方々からも感じられたのではないでしょうか?畔見さんがポーランドの方々と関わる中で、彼らに対してどのような印象を受けていらっしゃいますか。

(畔見様)
 ポラ子と活動してきた中で、まだ日本人にとってポーランドという国は馴染みがないように感じます。
地理、歴史的にポーランドには陽気なイメージを抱いていない日本人が多いかもしれません。
 しかし私が出会ったポーランド人の方は明るくて、お話好きで、よく笑っていて素敵な方々ばかりでした。
そして、日本人と感覚が近いように感じます。相手を慮り、気を遣ってくださることを会話を通して感じることが多いです。
一歩引くことも心得ているというか。
このマイナスの美学というか、抑制された表現は「美的感覚」にも通じているのかもしれませんね。そして、そんなポーランドの芸術に強く惹かれます。

畔見さんが作ったピエロギと、かわいらしいポーランド陶器
ポーランドの映画や音楽に関するチラシや本、CDなど

着物が日本とポーランドを繋ぐ

(冨島)
 最後に、日本とポーランドの関係についていくつか質問をさせてください。
日本と全く文化の異なるポーランドの柄の着物を製作されたということですが、文化の相違という観点で、絵柄や着物自体を製作するにあたり一番苦労なさったのはどのようなことでしたか?

(畔見様)
 国を1枚の着物と帯に表現するモチーフ選びがとても難しかったです。
特にポーランドは長い歴史の中でドイツやソ連に属していた時期もあるため、一つの地域に偏ることなく「ポーランド」という一つの国を表現するのに苦労しました。
世界の平和や、日本とポーランドの友好関係を祈念して制作する着物であったので、誰からでも愛されるようなモチーフを選ぶ必要があり、その作業が大変でした。
当時の駐日ポーランド大使からは「花と鳥を入れてほしい」というご要望をいただいたので、反映しました。
「ポーランド花鳥図」だと思って見て楽しんでいただけたらと思います。
 私自身、ポーランドの歴史を学んで、ポーランドの方への尊敬の念を持っています。
ですので、彼らの「諦めない心」や「気高さ」も表現できればいいなと思い制作しました。
アイディアが浮かんでは、様々なことを考慮し、消え、また浮かぶという行程を繰り返し完成させました。
そして完成したデザインを有馬国雄先生に染めていただきました。

(冨島)
 畔見さんをはじめ当時の駐日ポーランド大使など、関わったたくさんの人の思いが1枚の着物に込められているのですね。
完成した着物を拝見したのですが、蒼い色に様々な種類の花が咲き誇っているのが印象的でした。
ところどころに見える鳥も鮮やかな着物に隠れているようで、一つ一つの存在感が確立しているように感じました。
黄色がメインの帯も着物の色にとても合っていて、見る人を和やかな気持ちにさせると思います。
まさに畔見さんが表したかった、簡単には諦めることのない心や気高さを表現する「花鳥図」であると思いました。

完成したイマジンワンワールドKIMONOプロジェクトの着物

ポーランド愛伝道師が大切にしていること

(冨島)
 この先、日本とポーランドはどのような協力や文化交流ができそうだとお考えですか?

(畔見様)
 これから人と人との繋がりがより求められていく時代になると思うので、両国でもっと同じ体験を共有できるようになればいいと考えています。
自身のYouTubeチャンネルを運営したり、知識を広げるために多くのYouTubeを見たりしていてこんなことを考えます。
 団塊世代は、高度経済成長期など通し、物質的に満ち足りることを目標としていた時代でした。
一方で今の時代は、フードロスや相対的貧困の問題などがありますが、日本においてはおおむね、食べ物に困らず物質的には満たされている時代だと思います
そんな中でこれから人々の意識が向くのは、どうやって自分の時間を使うか、誰と会うか、そしてどのように心を満たすかという「心の充足感」だと思うのです。
両国の人々が、心の充足感を感じられるような協力・文化交流が今後は必要とされていくのではないでしょうか。

(冨島)
 そのうえで、今後の畔見さんご自身の展望、夢をお聞かせください!

(畔見様)
 自身の体験を共有するために、長年ブログでポーランド関連のことについて書いています。
加えて最近はYouTubeでの発信に力を入れています。
双方のメディアが互いのメリット、デメリットを補完しあっているので、今後もどちらも続けていきたいです。
動画作成に関しては、プロユースのものを使ったり、講座を受講したりして勉強中です。
 そして、ポーランドに行くことも私の目標です。
本を出版することには慣れているので、ポーランドに行ってZINEを作りたいです。
また、ポーランドのかわいいもの、特にまだ紹介されていないものや日本人には手が届きにくいものを紹介したいと思っています。
あとはMikromusicの音楽が好きなので、ポーランドでライブに行きたいですね(笑)。

畔見様の情報発信媒体
ブログ「ポラ恋」(左)とYouTube チャンネル「ポラ子の部屋」(右)

(冨島)
 心の充足感…確かに、COVID-19により世界が大きな変化に直面し、人々のライフスタイルも刻々と変わっていますよね。
外出が制限されこれまでの生活と同じように生活できない中で、特に心の充足感は大切であると思います。
このような時に畔見さんのような体験をなさっている方の存在は、日本とポーランドの関係はもちろんのこと、日常生活全ての場面において重要であるとつくづく感じました。
お話を伺って、畔見さんがご自身の体験を発信するだけでなく、ご自身も体験者となって楽しんでいらっしゃるところに強く感銘を受けました。

一時間を超えるインタビューの最後に、「大人になるって楽しいこと」というお言葉を畔見さんから頂きました。
ひょんなきっかけから自分の興味を広げ、人と人に、国と国に影響を与えるまでに大きくなる行動力。
私たちも体験をすることをきっかけに、周囲に良い影響を与えられる人になるのかもしれない。
そして、いつ始めてもいいのだ、と畔見さんのお言葉から感じました。