心のふるさと日本ーユスティナ・ヴェロニカ・カシャ准教授

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ーまずは、自己紹介をお願いいたします。

 ユスティナ・ヴェロニカ・カシャ(Justyna Weronika Kasza)と申します。2020年の4月より、福岡県にある西南学院大学外国語学部外国語学科の准教授として働いています。今年度は主に翻訳理論や翻訳実践、学術英語を教えていますが、来年度からは自身の専門分野である日本及び世界文学も教える予定です。

 外国語学部は今年新設された学部のため、試行錯誤しながら働いています。ヨーロッパ文化、日本文学と結び付けて考える世界文学、社会学、異文化コミュニケーション、生態学といった幅広い分野の学びを同学部の学生に提供できるように、プログラムを制作しています。教員の仕事は私にとって情熱の向け所であり、教鞭をとることは私にとっての大きな喜びです。

 今は福岡に住んでいますが、2歳から8歳まで札幌に住んでいました。ですので、日本は私にとって「心のふるさと」に感じられます。同国は、仕事や研究の枠を超えて、私の人生すべてに深く影響を与えてくれています。ですので、今回の日本での教員生活は、 仕事だけでなく、子ども時代への回帰といった意味も持っているようにも思います。とりわけ福岡は、子どもの時に見ていたアニメ『サザエさん』の家族が住んでいる街でもあるので、より強く子供時代を想い出すのかもしれません。

サザエさんの街 福岡

 ポズナンのアダム・ミツキェヴィチ大学(Uniwersytet Adama Mickiewicza w Poznaniu)の修士課程を修了したのち、イギリスのリーズ大学(University of Leeds)博士課程に進学しました。また、国費外国人留学生として、東京の上智大学でも研究を行いました。

 遠藤周作作品に関する研究を専門にしており、まさに彼の作品が、私自身が現在行っている現代日本文学研究の入口にもなっています。また、大学院生時代には、日本の伝統舞台芸術についても研究を行い、古代日本語のポーランド語翻訳にも取り組みました。これが私にとって、初めての実践翻訳でした。この経験を通して、広い意味で「翻訳」は文学や異文化研究において私の興味をそそるということをを理解しました。博士課程では遠藤周作の作品について研究を進め、彼の批判文学を「悪」という概念について論じるとともに、翻訳も行いました。

 遠藤周作研究に取り組み始めたのは実は大変個人的な理由からであった、ということをここでお伝えしておかなければなりません。その理由は、彼の作中にたびたび「異邦人」という概念が登場するということでした。私自身、8歳で日本からポーランドに帰国しましたが、新しい環境になじむのに時間を要した経験があります。ポーランド語も拙く、いつも疎外感を感じていました。日本人でも「外人」でもなく、自分が「異邦人」であるかのように感じていたのです。キリスト教徒であった遠藤周作は、自分自身を「異邦人」と呼ぶとともに、自分の信仰を「合わない洋服」と言い表したことを知りました。一方このジレンマこそが、彼の作家としての幅を広げる養分でもあったのです。

北海道の小学校時代のカシャ准教授
七五三の写真

 現在の研究についてもご説明させてください。『文学作品中の「私」ーグローバル時代の日本の私小説の再考』(原題: The “I” in the Making. Rethinking the Japanese shishōsetsu in a Global Age“)という私小説に関する研究論文を近く上梓する予定です。本論文では、 グローバル化する現代における私小説の解釈解釈や、日本文学における私小説の地位(確固たる地位にあるとみなす研究者もいます。)、私小説の異文化・異言語超越性について論じています。日本文学のパラダイスシフトに興味があり、このようなテーマの研究を行ったのです。
論文内では、太宰治、遠藤周作、大江健三郎や村上春樹といった戦後作家について論じ、日本文学における「私」という概念についても論じています。さらに、典型的な日本文学の枠を超えたいと考え、英語を織り交ぜた私小説を書く水村美苗やドイツ語と日本語を使って創作する多和田葉子、母語でない日本語を使って作品を手がけるリービ英雄といった、バイリンガル作家も取り上げて論じています。

 また、私の研究者人生に多大な影響を与えてくださった、元東京大学大学院教授の沼野充善先生についても触れたいと思います。沼野先生のおかげで、日本文学から世界文学にも目を向けるきっかけを得ることができました。先生にはハーバード大学世界文学研究所で初めてお目にかかり、今私が執筆してる本にも、沼野先生が定義づけた日本文学、日本語文学、世界文学の考えを盛り込んでいます。

ー ポーランドの学生と日本の学生には一般的に、どのような違いがあると感じていますか?

 違いはほとんどなく、世界中どこでも学生は似通っていると思います。私自身、教員生活を今までで一番長く送ったのはイギリスのセントラル・ランカシャー大学(University of Central Lancashire)です。この仕事が決まったとき、私は博士号取得審査会を通過する前の学生でしたので、仕事が決まって大変嬉しく思いました。日本語、韓国語、中国語を選択できるアジア太平洋学部(Asian Pacific Studies)に着任し、私にとっての1か所での最長期間である4年間、同大学で働きました。ですのでむしろ、ポーランド人学生よりも、イギリス人学生と日本人学生の違いの方が、私にとっては比較しやすいかもしれません。もちろん、セントラル・ランカシャー大学にはイギリス人以外の学生もいたのですが。

 日本人とポーランド人の学生に共通する一般的な違いはなく、あるとすればあくまで個人レベルの違いだと思います。若い学生が学びや研究のプロセスで必要とする成長、また、この成長に対して私が教員として担う役割は、どの国籍の学生に対しても同じです。 

 しかし日本においては、高校から大学へ進学した際の学習方法のギャップを乗り越える、という問題があるとは思います。大学に入学したての日本人学生は、主体性に欠けており、授業中に教員から当てられて初めて発言するのです。ですが、大学生活に慣れるにつれて、積極的に発言したがるようになっていきます。一方でイギリス人学生は、大学に入学した時から大変積極的で、自発的に議論し意見を表明します。イギリスの大学では近年、 学生を1年生のころから分別のある「大人」とみなし、対等に扱う傾向があります。一方日本では、2~3年生なってから初めてこのように学生を扱うことが多いと思います。 

 私が働いている西南学院大学外国語学部では、生徒にとってのウェル・ビーイングが重要視されており、各教員は学生に親身に向き合い、良い関係を構築する努力を行っています。 

 もう一つ違いを挙げるとすれば、日本人学生は教員に対しあまり誤魔化しや言い訳をしないことが挙げられます。アルバイトで授業を欠席する学生もいますが、彼らはたいていその無断欠席を詫び、最終的には全ての課題を提出してくるのです。とても理にかなった誠実な対応で仕事がしやすいと感じています。

ー では、日本とポーランドの大学には、どのような違いがありますか?

西南学院大学

 機能面においてさほど違いはありませんが、学校運営システムについては違いがあるように思います。西南学院大学では、シラバス作成・教材準備・講義において、学んだことを学生が将来活かせるようになっているか、という点に留意するように言われています。教員はあくまで本業は教育者であることを求められ、自身の研究などは付随的な仕事であるとみなされているのです。私は、この視点は重要であり、納得できると感じています。我々はあくまで教育者であり、教えることこそが最優先の仕事であるからです。教育重視の考え方は、大学の広報マーケティング戦略や経営全般にも影響を及ぼしていると思います。日本では大学の授業料は有料(註:ポーランドでは公立大学の授業料は原則無料)ですので、夢や希望を持って入学してくる学生に対し、我々はその期待をある程度叶えなければならないのです。将来大学生になる世代の生徒たちにも、私たちの学部を進学先に選んでもらえるように、教育プログラムを提供しなければいけません。ですので、大学教員である我々は、高校生向けに講義やワークショップを継続的に行っています。最近私も、西南高校の生徒に「『知らない世界』から『身近な世界』へ:外国語学習の旅」という題で講義を行いました。この講義では、ただ単に外国語学習を生徒に勧めるだけでなく、外国語学習がいかに社会人になってから活きるかということについても紹介しました。
このような仕事は、私の能力や専門知識の幅を広げてくれる、モチベーティングな業務であると感じています。

 学生の立場を考えると、言語をそのものを教えるだけでなく、21世紀の社会で仕事を見つけられるような教育を施す必要があるのです。彼らが社会に出て、貢献していけるように成長する手助けをしたいと、教員一同考えています。  

 ポーランドではこのような視点は忘れられてしまっていますね。もちろん大学が学生の就職支援に力を入れているからと言って、100%就職できることを保証している訳ではないのが現実ですが、このような視点は重要です。

 さらに、日本やアメリカ、イギリスなどで運用されているモジュール制も私は大変評価しています。学生が自分でどのような能力を身に着けたいか考え、授業を選ばなければいけないからです。モジュール制は学生に、選択の可能性を与え大人の決断を求めるのです。これによって、文学専攻でありながら経済系の授業にも出席することができるようになり、このことは主専攻の勉強には全く支障をきたさないと思います。複数の異なる学問分野にまたがった研究(英語でinterdisciplinary)を行うことは大変重要であり、人文科学の学部専門知識の枠を超えた、様々な科目を学生に提供したいと考えています。

 もう一つ、私が所属する学部の理念、「Unlock your potential 解き放て、ジブン!」についても触れておきたいと思います。学生個人の持つニーズと潜在能力に、我々教員は着目しています。授業は講義形式ですし、カリキュラムの自由度にも限界があります。それでも、学生それぞれが異なる得意不徳や能力を持っていて、各学生が自分に合った学問分野を見つけられるように導くことが教員の役割である、ということを念頭に置きながら教壇に立たなければいけません。つまり私の仕事は、学生をそれぞれに合った学びに導くことなのです。日本語の「指導教員」や英語の「Supervisor」といった単語は、とてもいい表現ですね。やはり、我々教員は学生のための存在なのです。

ー まさに、先ほど言及なさった通り、日本の大学授業料が有料であることがこれらの違いを生んでいるように思います。日本では大学教育がある意味、学生やその保護者へのサービス提供とみなされていますよね。

 その通りです。親御さんの存在感にはとても驚かされました。新型コロナウイルスの影響で閉鎖していた校舎を解放する際も、親御さんから心配の声が届いたりしました。オンライン授業にちょっと参加したがる親御さんもいらっしゃいましたね。日本には大学がかなりの数あり、それぞれが競合関係にあるということも意識しておかなければいけません。この競争が、日本の大学の教育やサービスの質向上に一役買っています。

ー文学に関する話もお聞かせください。どのような文学作品に、最近惹かれましたか?おすすめの作品や作家をぜひお教えください。

 最近は川上未映子に特に注目しています。彼女の『乳と卵』という作品が、英語で翻訳出版されたからです。彼女は女性文学及びフェミニスト文学において重要な作家であり、若くして現代日本社会における女性文学や女性の役割に対する既成概念を打ち壊した点からも重要な人物とされています。作中では強いメタファー表現が使用されており、翻訳が非常に困難であります。一方で川上作品のブームを見ていると、かの村上春樹作品と作品と同様の問題が起こるのではないかと心配になります。彼女について表面的に話題に取り上げられるようになり、彼女の文学作品が文学ではく商品化されてしまうという問題です。これによって、解釈や本質といった重要な文学議論から、彼女の作品が遠ざかってしまう懸念があります。

 川越宗一にも魅力を感じています。最近彼に、講義でお会いする機会がありました。彼は現代の歴史小説を代表する作家であり、メタフィクション作品、つまり、史実と現代を織り交ぜた作品を書きます。(直木賞にも輝いた彼の最新作『熱源』では、ポーランド人にとって重要な人物である ブロニスワフ・ピウスツキ(Bronisław Piłsudski)が取り上げられています)。芸術的観点において、メタフィクションは型破りで難易度の高い手法です。川越氏は現在、長崎に住む中国人を題材にした小説を執筆しており、西南学院大学での講義の中で「異邦人」という概念についても紹介していました。彼ら中国人の友情について書いて、川越市は執筆しているのです。長崎の中国人は日本で育ち日本語で話し、日本社会の一員でありながら、「日本人」とはどこか違っていて自分がよそ者であるという感覚が付きまとっているのです。

ーカシャ先生は福岡に現在お住まいですね。九州での生活はいかがですか?東京や大阪での生活と、やはり違いはあるのでしょうか?

 もちろん違いがあります。『福岡はすごい』(牧野洋著)という新書を読むことをおススメします。本当に福岡は素晴らしい場所ですよ!私の居住経験から保証します。

 奨学生時代に東京に住んでおり、その時は、もし将来日本で働くことになったらきっと東京に住むんだろうなと思っていました。福岡に行くということは想像したこともなかったのですが、住んでみた今となっては他の都市に引っ越すことが想像できない程気に入っています。よく言われているように、東京に比べて過ごしやすく、人口も少ないですからです。

 東京では本当に素晴らしい文化的な生活を送ることができ、有益なレクチャーなどに参加する機会にも恵まれ、世界中と繋がっているような気分を味わうことができることは否定しません。その一方で、福岡が片田舎かと言うと、私はそういう風に感じてはいません。むしろ、コンパクトでありながらもとてもたくさんの魅力的な施設やほどほどの人口を抱える街として、東京よりも全てが手に入る街だと感じています。
 たとえば、ここ福岡にはフランスにゆかりのある場所がたくさんあり、西南学院大学もまた、日本でロマンス語学研究に力を入れた最古の大学のうちの1つに数えられます。アンスティチュ・フランセ九州が企画し、今日までに多くの作家が福岡まで講演に訪れています。

 とても快適にこの地で暮らすことができていますし、生活の質も東京より高いと思います。特に日常生活や家賃といったお金の問題について、東京よりずっと楽をできています。福岡の地下鉄は2路線ですが、このぐらいで私にとっては十分です。長い時間をビーチなどの外で過ごします。私も実際、海までたった5分というロケーションに住んでいます。以前より健康的な生活が送れているように思います。福岡の人々はのびのびしていて、狭い空間や人混みに圧倒されることもありません。福岡に住むことを、皆様にもおススメします。

ーもしも自由に住む場所を選べるとしたら、今後どこに住んでみたいですか?日本でしょうか、それともポーランドでしょうか?もしくはどちらでもない、別の国でしょうか?

 どこでも快適に暮らせて、すぐに環境に慣れることもできるので決めるのが難しいです。今は、日本にいる時期だと思っています。 仕事もありますし、少なくともあと数年は日本に住むでしょう。ですが、好機が訪れれば日本を離れることも厭いません。これまでも、先々の移住の計画を立てたこともなかったですし、これからも運命に身を任せていきたいと思っています。こういう人生に少し慣れてしまっている面もあります。

 お話しした通り、博士後期課程でイギリスに渡りましたが、それから15年余りイギリスに関わっています。(イギリス国籍も有しています。)ですので、イギリスも私にとってのホームであると言えます。

また、フランスも私にとって大事な国です。高校生の頃に同国に興味を持ち始め、遠藤周作を通してさらに関心を深めました。遠藤周作は慶応大学でロマンス語学を修了しており、私は彼の作品からフランス文学の実に多くを学びました。彼は、第二次世界大戦終戦以降最も早くヨーロッパへ渡った日本人の一人でした。彼がパリで学んでいた50年代の日記は、特に魅力的な題材です。いつか『遠藤周作全日記』という彼の日記を、特に初期の文章を翻訳したいという野望を持っています。2年前に、学生時代から死ぬまで彼がつけていた日記の全集が刊行されました。遠藤周作のお陰でフランスを知り、フランス語もできるようになりました。フランスとは心が繋がっているような感じがして、訪れると居心地良く感じます。

 今挙げた国々が、遠くにあるのが残念です。イギリス、ポーランド、フランスは比較的近くにありますが、日本ははるか遠くにありますね。 

 そういうわけで、ご質問への明確な答えはありません。ですが、どこでも快適に過ごせますしどこにでも行ってみたいと思っています。この先、人生がどんなところに導いてくれるか、楽しみです。きっと素敵な所に導いてくれると思っています。

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 ユスティナ・ヴェロニカ・カシャ(Justyna Weronika Kasza)と申します。2020年の4月より、福岡県にある西南学院大学外国語学部外国語学科の准教授として働いています。今年度は主に翻訳理論や翻訳実践、学術英語を教えていますが、来年度からは自身の専門分野である日本及び世界文学も教える予定です。

 外国語学部は今年新設された学部のため、試行錯誤しながら働いています。ヨーロッパ文化、日本文学と結び付けて考える世界文学、社会学、異文化コミュニケーション、生態学といった幅広い分野の学びを同学部の学生に提供できるように、プログラムを制作しています。教員の仕事は私にとって情熱の向け所であり、教鞭をとることは私にとっての大きな喜びです。

 今は福岡に住んでいますが、2歳から8歳まで札幌に住んでいました。ですので、日本は私にとって「心のふるさと」に感じられます。同国は、仕事や研究の枠を超えて、私の人生すべてに深く影響を与えてくれています。ですので、今回の日本での教員生活は、 仕事だけでなく、子ども時代への回帰といった意味も持っているようにも思います。とりわけ福岡は、子どもの時に見ていたアニメ『サザエさん』の家族が住んでいる街でもあるので、より強く子供時代を想い出すのかもしれません。

サザエさんの街 福岡

 ポズナンのアダム・ミツキェヴィチ大学(Uniwersytet Adama Mickiewicza w Poznaniu)の修士課程を修了したのち、イギリスのリーズ大学(University of Leeds)博士課程に進学しました。また、国費外国人留学生として、東京の上智大学でも研究を行いました。

 遠藤周作作品に関する研究を専門にしており、まさに彼の作品が、私自身が現在行っている現代日本文学研究の入口にもなっています。また、大学院生時代には、日本の伝統舞台芸術についても研究を行い、古代日本語のポーランド語翻訳にも取り組みました。これが私にとって、初めての実践翻訳でした。この経験を通して、広い意味で「翻訳」は文学や異文化研究において私の興味をそそるということをを理解しました。博士課程では遠藤周作の作品について研究を進め、彼の批判文学を「悪」という概念について論じるとともに、翻訳も行いました。

 遠藤周作研究に取り組み始めたのは実は大変個人的な理由からであった、ということをここでお伝えしておかなければなりません。その理由は、彼の作中にたびたび「異邦人」という概念が登場するということでした。私自身、8歳で日本からポーランドに帰国しましたが、新しい環境になじむのに時間を要した経験があります。ポーランド語も拙く、いつも疎外感を感じていました。日本人でも「外人」でもなく、自分が「異邦人」であるかのように感じていたのです。キリスト教徒であった遠藤周作は、自分自身を「異邦人」と呼ぶとともに、自分の信仰を「合わない洋服」と言い表したことを知りました。一方このジレンマこそが、彼の作家としての幅を広げる養分でもあったのです。

北海道の小学校時代のカシャ准教授
七五三の写真

 現在の研究についてもご説明させてください。『文学作品中の「私」ーグローバル時代の日本の私小説の再考』(原題: The “I” in the Making. Rethinking the Japanese shishōsetsu in a Global Age“)という私小説に関する研究論文を近く上梓する予定です。本論文では、 グローバル化する現代における私小説の解釈解釈や、日本文学における私小説の地位(確固たる地位にあるとみなす研究者もいます。)、私小説の異文化・異言語超越性について論じています。日本文学のパラダイスシフトに興味があり、このようなテーマの研究を行ったのです。
論文内では、太宰治、遠藤周作、大江健三郎や村上春樹といった戦後作家について論じ、日本文学における「私」という概念についても論じています。さらに、典型的な日本文学の枠を超えたいと考え、英語を織り交ぜた私小説を書く水村美苗やドイツ語と日本語を使って創作する多和田葉子、母語でない日本語を使って作品を手がけるリービ英雄といった、バイリンガル作家も取り上げて論じています。

 また、私の研究者人生に多大な影響を与えてくださった、元東京大学大学院教授の沼野充善先生についても触れたいと思います。沼野先生のおかげで、日本文学から世界文学にも目を向けるきっかけを得ることができました。先生にはハーバード大学世界文学研究所で初めてお目にかかり、今私が執筆してる本にも、沼野先生が定義づけた日本文学、日本語文学、世界文学の考えを盛り込んでいます。

ー ポーランドの学生と日本の学生には一般的に、どのような違いがあると感じていますか?

 違いはほとんどなく、世界中どこでも学生は似通っていると思います。私自身、教員生活を今までで一番長く送ったのはイギリスのセントラル・ランカシャー大学(University of Central Lancashire)です。この仕事が決まったとき、私は博士号取得審査会を通過する前の学生でしたので、仕事が決まって大変嬉しく思いました。日本語、韓国語、中国語を選択できるアジア太平洋学部(Asian Pacific Studies)に着任し、私にとっての1か所での最長期間である4年間、同大学で働きました。ですのでむしろ、ポーランド人学生よりも、イギリス人学生と日本人学生の違いの方が、私にとっては比較しやすいかもしれません。もちろん、セントラル・ランカシャー大学にはイギリス人以外の学生もいたのですが。

 日本人とポーランド人の学生に共通する一般的な違いはなく、あるとすればあくまで個人レベルの違いだと思います。若い学生が学びや研究のプロセスで必要とする成長、また、この成長に対して私が教員として担う役割は、どの国籍の学生に対しても同じです。 

 しかし日本においては、高校から大学へ進学した際の学習方法のギャップを乗り越える、という問題があるとは思います。大学に入学したての日本人学生は、主体性に欠けており、授業中に教員から当てられて初めて発言するのです。ですが、大学生活に慣れるにつれて、積極的に発言したがるようになっていきます。一方でイギリス人学生は、大学に入学した時から大変積極的で、自発的に議論し意見を表明します。イギリスの大学では近年、 学生を1年生のころから分別のある「大人」とみなし、対等に扱う傾向があります。一方日本では、2~3年生なってから初めてこのように学生を扱うことが多いと思います。 

 私が働いている西南学院大学外国語学部では、生徒にとってのウェル・ビーイングが重要視されており、各教員は学生に親身に向き合い、良い関係を構築する努力を行っています。 

 もう一つ違いを挙げるとすれば、日本人学生は教員に対しあまり誤魔化しや言い訳をしないことが挙げられます。アルバイトで授業を欠席する学生もいますが、彼らはたいていその無断欠席を詫び、最終的には全ての課題を提出してくるのです。とても理にかなった誠実な対応で仕事がしやすいと感じています。

ー では、日本とポーランドの大学には、どのような違いがありますか?

西南学院大学

 機能面においてさほど違いはありませんが、学校運営システムについては違いがあるように思います。西南学院大学では、シラバス作成・教材準備・講義において、学んだことを学生が将来活かせるようになっているか、という点に留意するように言われています。教員はあくまで本業は教育者であることを求められ、自身の研究などは付随的な仕事であるとみなされているのです。私は、この視点は重要であり、納得できると感じています。我々はあくまで教育者であり、教えることこそが最優先の仕事であるからです。教育重視の考え方は、大学の広報マーケティング戦略や経営全般にも影響を及ぼしていると思います。日本では大学の授業料は有料(註:ポーランドでは公立大学の授業料は原則無料)ですので、夢や希望を持って入学してくる学生に対し、我々はその期待をある程度叶えなければならないのです。将来大学生になる世代の生徒たちにも、私たちの学部を進学先に選んでもらえるように、教育プログラムを提供しなければいけません。ですので、大学教員である我々は、高校生向けに講義やワークショップを継続的に行っています。最近私も、西南高校の生徒に「『知らない世界』から『身近な世界』へ:外国語学習の旅」という題で講義を行いました。この講義では、ただ単に外国語学習を生徒に勧めるだけでなく、外国語学習がいかに社会人になってから活きるかということについても紹介しました。
このような仕事は、私の能力や専門知識の幅を広げてくれる、モチベーティングな業務であると感じています。

 学生の立場を考えると、言語をそのものを教えるだけでなく、21世紀の社会で仕事を見つけられるような教育を施す必要があるのです。彼らが社会に出て、貢献していけるように成長する手助けをしたいと、教員一同考えています。  

 ポーランドではこのような視点は忘れられてしまっていますね。もちろん大学が学生の就職支援に力を入れているからと言って、100%就職できることを保証している訳ではないのが現実ですが、このような視点は重要です。

 さらに、日本やアメリカ、イギリスなどで運用されているモジュール制も私は大変評価しています。学生が自分でどのような能力を身に着けたいか考え、授業を選ばなければいけないからです。モジュール制は学生に、選択の可能性を与え大人の決断を求めるのです。これによって、文学専攻でありながら経済系の授業にも出席することができるようになり、このことは主専攻の勉強には全く支障をきたさないと思います。複数の異なる学問分野にまたがった研究(英語でinterdisciplinary)を行うことは大変重要であり、人文科学の学部専門知識の枠を超えた、様々な科目を学生に提供したいと考えています。

 もう一つ、私が所属する学部の理念、「Unlock your potential 解き放て、ジブン!」についても触れておきたいと思います。学生個人の持つニーズと潜在能力に、我々教員は着目しています。授業は講義形式ですし、カリキュラムの自由度にも限界があります。それでも、学生それぞれが異なる得意不徳や能力を持っていて、各学生が自分に合った学問分野を見つけられるように導くことが教員の役割である、ということを念頭に置きながら教壇に立たなければいけません。つまり私の仕事は、学生をそれぞれに合った学びに導くことなのです。日本語の「指導教員」や英語の「Supervisor」といった単語は、とてもいい表現ですね。やはり、我々教員は学生のための存在なのです。

ー まさに、先ほど言及なさった通り、日本の大学授業料が有料であることがこれらの違いを生んでいるように思います。日本では大学教育がある意味、学生やその保護者へのサービス提供とみなされていますよね。

 その通りです。親御さんの存在感にはとても驚かされました。新型コロナウイルスの影響で閉鎖していた校舎を解放する際も、親御さんから心配の声が届いたりしました。オンライン授業にちょっと参加したがる親御さんもいらっしゃいましたね。日本には大学がかなりの数あり、それぞれが競合関係にあるということも意識しておかなければいけません。この競争が、日本の大学の教育やサービスの質向上に一役買っています。

ー文学に関する話もお聞かせください。どのような文学作品に、最近惹かれましたか?おすすめの作品や作家をぜひお教えください。

 最近は川上未映子に特に注目しています。彼女の『乳と卵』という作品が、英語で翻訳出版されたからです。彼女は女性文学及びフェミニスト文学において重要な作家であり、若くして現代日本社会における女性文学や女性の役割に対する既成概念を打ち壊した点からも重要な人物とされています。作中では強いメタファー表現が使用されており、翻訳が非常に困難であります。一方で川上作品のブームを見ていると、かの村上春樹作品と作品と同様の問題が起こるのではないかと心配になります。彼女について表面的に話題に取り上げられるようになり、彼女の文学作品が文学ではく商品化されてしまうという問題です。これによって、解釈や本質といった重要な文学議論から、彼女の作品が遠ざかってしまう懸念があります。

 川越宗一にも魅力を感じています。最近彼に、講義でお会いする機会がありました。彼は現代の歴史小説を代表する作家であり、メタフィクション作品、つまり、史実と現代を織り交ぜた作品を書きます。(直木賞にも輝いた彼の最新作『熱源』では、ポーランド人にとって重要な人物である ブロニスワフ・ピウスツキ(Bronisław Piłsudski)が取り上げられています)。芸術的観点において、メタフィクションは型破りで難易度の高い手法です。川越氏は現在、長崎に住む中国人を題材にした小説を執筆しており、西南学院大学での講義の中で「異邦人」という概念についても紹介していました。彼ら中国人の友情について書いて、川越市は執筆しているのです。長崎の中国人は日本で育ち日本語で話し、日本社会の一員でありながら、「日本人」とはどこか違っていて自分がよそ者であるという感覚が付きまとっているのです。

ーカシャ先生は福岡に現在お住まいですね。九州での生活はいかがですか?東京や大阪での生活と、やはり違いはあるのでしょうか?

 もちろん違いがあります。『福岡はすごい』(牧野洋著)という新書を読むことをおススメします。本当に福岡は素晴らしい場所ですよ!私の居住経験から保証します。

 奨学生時代に東京に住んでおり、その時は、もし将来日本で働くことになったらきっと東京に住むんだろうなと思っていました。福岡に行くということは想像したこともなかったのですが、住んでみた今となっては他の都市に引っ越すことが想像できない程気に入っています。よく言われているように、東京に比べて過ごしやすく、人口も少ないですからです。

 東京では本当に素晴らしい文化的な生活を送ることができ、有益なレクチャーなどに参加する機会にも恵まれ、世界中と繋がっているような気分を味わうことができることは否定しません。その一方で、福岡が片田舎かと言うと、私はそういう風に感じてはいません。むしろ、コンパクトでありながらもとてもたくさんの魅力的な施設やほどほどの人口を抱える街として、東京よりも全てが手に入る街だと感じています。
 たとえば、ここ福岡にはフランスにゆかりのある場所がたくさんあり、西南学院大学もまた、日本でロマンス語学研究に力を入れた最古の大学のうちの1つに数えられます。アンスティチュ・フランセ九州が企画し、今日までに多くの作家が福岡まで講演に訪れています。

 とても快適にこの地で暮らすことができていますし、生活の質も東京より高いと思います。特に日常生活や家賃といったお金の問題について、東京よりずっと楽をできています。福岡の地下鉄は2路線ですが、このぐらいで私にとっては十分です。長い時間をビーチなどの外で過ごします。私も実際、海までたった5分というロケーションに住んでいます。以前より健康的な生活が送れているように思います。福岡の人々はのびのびしていて、狭い空間や人混みに圧倒されることもありません。福岡に住むことを、皆様にもおススメします。

ーもしも自由に住む場所を選べるとしたら、今後どこに住んでみたいですか?日本でしょうか、それともポーランドでしょうか?もしくはどちらでもない、別の国でしょうか?

 どこでも快適に暮らせて、すぐに環境に慣れることもできるので決めるのが難しいです。今は、日本にいる時期だと思っています。 仕事もありますし、少なくともあと数年は日本に住むでしょう。ですが、好機が訪れれば日本を離れることも厭いません。これまでも、先々の移住の計画を立てたこともなかったですし、これからも運命に身を任せていきたいと思っています。こういう人生に少し慣れてしまっている面もあります。

 お話しした通り、博士後期課程でイギリスに渡りましたが、それから15年余りイギリスに関わっています。(イギリス国籍も有しています。)ですので、イギリスも私にとってのホームであると言えます。

また、フランスも私にとって大事な国です。高校生の頃に同国に興味を持ち始め、遠藤周作を通してさらに関心を深めました。遠藤周作は慶応大学でロマンス語学を修了しており、私は彼の作品からフランス文学の実に多くを学びました。彼は、第二次世界大戦終戦以降最も早くヨーロッパへ渡った日本人の一人でした。彼がパリで学んでいた50年代の日記は、特に魅力的な題材です。いつか『遠藤周作全日記』という彼の日記を、特に初期の文章を翻訳したいという野望を持っています。2年前に、学生時代から死ぬまで彼がつけていた日記の全集が刊行されました。遠藤周作のお陰でフランスを知り、フランス語もできるようになりました。フランスとは心が繋がっているような感じがして、訪れると居心地良く感じます。

 今挙げた国々が、遠くにあるのが残念です。イギリス、ポーランド、フランスは比較的近くにありますが、日本ははるか遠くにありますね。 

 そういうわけで、ご質問への明確な答えはありません。ですが、どこでも快適に過ごせますしどこにでも行ってみたいと思っています。この先、人生がどんなところに導いてくれるか、楽しみです。きっと素敵な所に導いてくれると思っています。


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